東行庵について


縁起

当山は曹洞宗清水山東行庵(せいすいざんとうぎょうあん)と称し、維新の革命児・高杉晋作の霊位礼拝堂として明治17年(1844)に創建されました。ご本尊は「白衣観音菩薩」です。
初代庵主となったのは、高杉晋作の愛妾おうの。
晋作の死後、明治14年(1841)に曹洞宗総本山永平寺の貫主である久我環渓禅師から得度を受け、「梅処」(ばいしょ)と称して晋作の眠るこの地で菩提を弔うことを余生としたと伝えられており、2代「梅仙」、3代「玉仙」、現在、松野實應兼務住職と受け継がれています。

当初は、晋作の盟友・山縣有朋所有の建物「無隣庵」をあてていましたが、旧藩主毛利元昭をはじめ伊藤博文・井上馨等の寄付で、新たに「東行庵」として建てられ現在に至ります。庵内の仏壇には高杉晋作と共に山縣有朋の位牌も安置されています。

白衣観音菩薩


東行庵扁額


庵内から

東行庵について

高杉晋作の遺品などについては、下のリンク先バナー下関市立長府博物館から市立東行記念館をクリックしてください。

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